ウェルビーイング経営を志向する経営トップがマインドに刻んでおきたいポイント

 
ウェルビーイング経営の中小企業のメリット

 
ウェルビーイング経営(健康経営)とは、従業員のコンディションを増進させる支援策を「人材投資」として実践し、会社の生産性や創造性を高めて業績向上につなげる経営アプローチです。
 
コンディションが好調な社員は、自分の実力をフルに発揮する「勢いとパワー」があります。イキイキと働き、充実した成果を生み出す源泉です。
 
心身ともに快調かつハッピーに、実力をフルに発揮できるように、会社として社員をサポートします。その結果が、エンゲージメント向上や組織活性化にも波及して、会社全体のパフォーマンス向上につながることを目指します。
 
ウェルビーイング経営を志向する中小企業トップとして、マインドに刻んでおきたいポイントを整理しました。
 

< もくじ >

1)「業績向上」への強い目的意識
  ・ 「健康だけと不調」が引き起こす16%の生産性ロス
  ・ 一般論ではなく、「わが社の実態」を把握せよ
  ・ 数値化が困難だからこその「経営判断」
2)高パフォーマンスを生む社員のウェルビーイング
  ・ 潜在力をフル発揮する「好調コンディション」
  ・ 社員のコンディションづくりに戦略投資
  ・ 社員に選ばれる職場づくり
3)行動変容のための会社サポート
  ・ イキイキと働くための「意欲/知識/スキル」
  ・ ターゲットは多数派の社員
  ・ 社内向けプロモーション活動での改革推進
  ・ 行動変容の推進は投資案件

1)「業績向上」への強い目的意識

 
ウェルビーイング経営(健康経営)に取り組むトップとしては、最優先事項は「業績向上」です。他の経営施策と変わりはありません。
 
どのような経営資源(ヒト・モノ・カネ)を何の取組活動に投入し、何を直接の結果を生み出し、それらが重なり合って、どういう経営成果へと波及するのか?これらを、自社の実情に沿って練り上げる手腕が、経営トップとして問われます。
 
 

「健康だけど不調」が引き起こす16%の生産性ロス

通院したり薬を服用したりすることなく健康だけども、心身の何らかの不調があってパフォーマンスが低下している・・と自覚を持つ人は、働く人の7割に及びます。
 
個人によって程度の差はありますが、20%低下の社員、30%低下の社員がゴロゴロしている状態は大問題です。
 
コンディションの不調が引き起こす「パフォーマンスの低下」は、経営トップとしては無視できません。
 
上記の数値は、中小企業6社を対象に、横浜市と東京大学による2017年の共同調査で明らかにされました(システム開発・廃品回収・医療機関などの事業所)。
 
「好調ならば年間で100の成果を出せるのに、実際には84の成果に留まってしまった」ということです。個人によって差はありますが、全体を平均すると「本来の実力を発揮できていない」というのが働く人々の実態です。
(400万円の給料だとすると、64万円分は無駄にしている・・と同義です)
 
 

一般論ではなく「わが社の実態」を把握せよ

ウェルビーイング経営という改革コンセプトは新しいので、この観点から自社を眺めた経験を持つ経営トップは少ないはずです。
 
自分自身のコンディション状況と、それに伴うパフォーマンス低下の度合いを評価するアンケート的な調査がスタンダードです。個別の企業レベルや、国や自治体による研究で共通的に使われている項目です。
 
主には、
・自分自身のコンディション状況
・ライフスタイル(生活習慣・食事・運動など)
・直近の数週間のパフォーマンス発揮状況(ベストな自己や他者との対比)
に関する回答を収集します。
 
上記の内容と人件コストを合わせて、生産性損失を金額換算します。不調によるパフォーマンス低下の発生割合と年収との積算となります。規模の大きな会社では、年齢層別・職種別・職場別などのセグメントに分けた細かなデータを見ることもあります。
 

数値化が困難だからこその「経営判断」

上記のサーベイは、本人の「感覚値」による評価が主体であるので、過大評価・過小評価の心配は避けられません。そして、これを実証できる完璧な客観データが存在しないのが現実です。
 
特に、パフォーマンスの考え方の部分が議論が分かれます。成果指標を何で見るか・・の部分で結論が定まっていません。
 
考え方としては、売上や受注数といった「業績結界(リザルト)系」、訪問件数や処理数といった「活動成果(アウトプット)系」、実質的な労働時間や集中時間といった「投入量(インプット)系」、成果を生み出す能率や瞬発力といった「転換力(プロセス)系」など。様々なフレームワークが混在しています。
 
経営トップとしては、社内での議論や判断において、考え方を整理しておく必要があります。その上で、自己評価サーベイを補う意味で、社内の実績データを収集してクロスチェックを行います。例えば、検診結果や医療コスト、仕事の活動量や業績、上司や同僚による他者評価などです。
 

2)ウェルビーイング社員が高パフォーマンスを生む

 
活力と熱意があふれる人の方が、そうでない人よりも、仕事のパフォーマンスが高いことは、感覚的に理解できるところです。
 
実際、アメリカの研究によると「ウェルビーイングを感じている人の創造性は3倍、生産性は1.3倍である」というデータも報告されています。
 
 

潜在力をフル発揮する「好調コンディション」

産業医科大学の研究によると、コンディション不調の三大症状は、「肩こり」「眠気」「腰痛」です。4位以下には、眼精疲労・うつ・疲労感・不安・頭痛・・と続きます。
 
これらの絡み合いで、平均16%のパフォーマンス低下(専門用語で「プレゼンティーズム」と言います)を発生させているのです。
 
健康経営という言葉からは「不健康をなくす」「病気や怪我で休む人を減らす」のイメージと繋がりやすいですが、実際の問題は違います。
 
社員が不調から解放されて、労働時間の全てで「100%の実力」を発揮できるようになったら・・・。その時に生み出される利益が半端なく大きくなるのは、容易に想像できます。
 
集中力が高く、エネルギッシュで、豊かな発想で、決断力のある人材の基盤は、心身の良好なコンディションです。
 
従来は、各人のコンディションは、仕事には関係ない「個人の問題」として扱われてきました。
 
とはいえ、働き手のパフォーマンスにマイナスの影響が出ている以上、経営上の問題として対策を考える方が得策と言えます。
 
 

社員のコンディションづくりに戦略投資

「健康だけど不調」の問題は、ライフスタイル全体に絡んだものです。職場生活に限定されるものではありません。コンディション不調を招いてしまう「良くない日常習慣」を続けていることに起因しています。
「適度な運動」「バランスの良い栄養」「質の高い睡眠」。
これらは、コンディションの好調さを実現するための「三大要素」です。これらの具体的な方法論も様々あり、仕事のパフォーマンス向上につながる有効性はある程度は確認されてきています。
ただし、避けることのできない条件があり、「ライフスタイルとして継続的に取り組むこと」が不可欠。その場で付け焼き刃的にやっても、ダメです。
そこで、会社として企画・運営しなくてはならないのは、「社員が行動変容を実現する仕組み」です。
自社の社員のコンディション状況/仕事や勤務のスタイル/会社側の支援体制/ 予算規模などの様々な条件が重なります。会社の風土(カルチャー)や各人の好みというのも影響してきます。
その中で、「コンディションを高める新しい行動様式(ライフスタイル)を定着化させる会社のあり方」を作り上げていかなくてはなりません。
仕事のパフォーマンスを高めるための「ニューノーマル」を、全員で共に悩み、共に考え、共に実践する・・。そのような取り組みとなります。
継続的に、試行錯誤と軌道修正を繰り返しながら、自社固有のアプローチを体系化していく必要があるので、経営トップのコミットメントとリーダーシップが不可欠です。
 
 

社員に選ばれる職場づくり

中小企業が、激しい環境変化を生き抜いていくためには、大手のやり方を追随するのではなく、自社の強みを徹底的に活かして伸ばしていくことが不可欠です。
 
社内の人材は限られています。今いる人材のウェルビーイングを改善して、職場の仕事への活力や熱意を高めることが、会社全体の創造力や生産性を向上に直結します。
 
ウェルビーイング経営は、福利厚生の充実化や従業員満足度の向上策とは一線を引く施策です。
 
コンディション不調でパフォーマンスが低下しているということは、個人としての成長も鈍化しています。
 
社内のコンディション不調を放置したままの会社は、「社員を大切にする意識が薄い」と判断され、社員から見放されるリスクが高まります。
 
替えの効かない、限られた人材で商売を回している中小企業にとっては、死活問題に直結します。
 
パフォーマンスの高い社員は、「居心地の良い職場」ではなく「働きがいのある職場」を志向します。そういう社員に選ばれ続ける続ける職場、エンゲージメントを感じてもらえる会社へと変革することが必要です。

3)変容実現への会社サポート

 

イキイキと働くための「意欲/知識/スキル」

新しい生活習慣/行動パターンへのシフトには、各人が意欲・知識・技術の三要素を揃えることが不可欠です。
 
「コンディションを整えるために、自分の行動を変えよう」という意欲、「やるべきことについての考え方やアプローチ法」という知識、「必要な行動を起こし、それを持続できる」という技術の三つです。これらを、「自分流」に組み合わせ、具体的な結果につなげなくてはなりません。
 
意欲は、その気持ちが長く続く(ますます高まる)ことが大切。大きな夢や希望を持つと同時に、実践可能な短期的な行動目標へと展開されることがポイントです。
 
知識は、「絶対唯一の正解」が存在しない・・という前提に立つことが大切。様々な考え方や切り口を知り、自分なりに選択していくことがポイントです。
 
技術は、実践を通じての「経験値」を積み重ねることが大切。「お試しの一歩(スモールステップ)」を早く踏み出し、結果に従ってテンポよく軌道修正していくことがポイントです。
 
 

ターゲットは「フツー」の多数派社員

長年で身についたライフスタイルの行動パターンを変容には、自己コントロールのチカラが求められます。
 
個人の努力だけで行動変容を確実にするのは、非常に困難です。やり始めたとしても、最後までやり抜ける人は少数派です。
 
例えば、テレワークが増えて外出する機会が減った中で、「食事は腹八分目に抑えながら、通勤時と同じだけの歩数を確保する」という単純な行動ですら、しっかりと継続できる人は必ずしも多くありません。
 
コンディション不調(プレゼンティーズム)を抱える人にヒアリングをすると、多くの人が「自分のライフスタイルはイマイチ」と自覚しています。本人は「わかっている」のです。
 
でも、変われない・・のが普通の人です。理想に向かって自分を完璧に律することができるのは、ごく一部の人に限られます。
 
多数派の普通の人が行動変容を実現できない背景には、①(自分にとっての)理想像をイメージできない、②第一歩を踏み出せない、③途中でくじけるの3つの要素が絡み合っています。
 
これらの要素を紐解き、一人一人のスタイルにあった行動変容を実現できるように会社としてのサポート体制を設計していきたいのです。
 
 

社内向けプロモーション活動での改革推進

社員の問題意識を高める「社内の世論形成」に会社として取り組まなくてはなりません。「強制」では反発を生むだけなので、社員の気持ちや考え方をうまく誘導する「演出」を加えます。
 
すでに関心の高い「積極派」もいるでしょう。また、何が何んでも興味を示さない「拒絶派」もいます。しかし、最大派閥(?)は無党派/グレーゾーン層です。
 
この層の特徴は、「問題意識が生じる遥か以前の段階にいる」こと。関心の対象として、そのようなテーマが存在する・・という認識すらしていないステージなのです。
 
「コンディション改善によるパフォーマンス向上」という考え方を知ってもらい、興味を持ってもらい、お試しにトライしてもらい・・・と進んでもらえるように「社内に売り込む」というスタンスで会社は取り組まなくてはなりません。
 
人材マネジメントの領域ではありながら、マーケティングやプロモーションの発想が色濃くなります。
 
 

行動変容の推進を投資案件と考える 

関心すら持っていない多数派にプロモーションをかけ、実際の行動変容を実現するまでには、会社としてはそれなりのコスト(お金のみならず、時間や気遣いなども)を投入することになります。
 
そして、コンディション低下による無駄になる時間(=年間労働時間の15%相当)を実際の仕事に振り向けることができたら、そこからの利益(リターン)は膨大です。
 
さらには、会社のカルチャーが良くなって創造性が高まったり、社員のエンゲージメント向上による離職率や採用コストの低下などの波及効果もあります。
 
これらを総合的に勘案すると、設備投資・IT投資に匹敵する「投資案件」として検討する価値は大きいです。生産性や創造力を高めるための人材投資としてのコンディション向上は、経営課題の一つなのです。